きずなメール・プロジェクト 代表のblog

顔と名前を出す人生です。

社会的インパクト評価と「知の公共財」について

休眠預金,指定活用団体,資金分配団体

内閣府金融庁「民間公益活動を促進するための休眠預金等に係る資金の活用に関する法律 説明資料」より(平成30年)

 

NPOの世界では「社会的インパクト評価」が注目されています。700億円の休眠預金を効果的に再配分するためです。

 

「社会的インパクト評価」は「社会的インパクト投資」(social impact investment)
を行うために必要な評価です。「社会的インパクト投資」は、利回りだけを追求した投資だけだと社会に害をなす場合もあるので、「社会にどれだけよい影響(インパクト)を与えるか」も考慮に入れた投資を増やそうというもの。最近注目されているESG投資も同様の趣旨です。

 

問題は「よい影響」を誰がどうやって計測するか、判断するか。そこでは「量」か「質」かという普遍的なぶつかり合い、「定量」と「定性」のせめぎ合いがあります。

 

人命を扱う医療分野は、二重盲検法など厳密な手続きによる「定量的」なデータのエビデンスが浸透しています。だから僕は、エビデンスといえば量的評価、定量評価だと思いっていました。

 

そんなときにこの本に出会いました。 

情報生産者になる (ちくま新書)

情報生産者になる (ちくま新書)

 

 

同書でわかったのは、社会科学の分野ではすでに1960年代、質的な調査と分析を中心に理論構築する手法が確立されていたということです。

 

代表例が「ラベリング理論」。薬物使用者やジャズメンなどアウトサイダーへのインタビューや参与観察(現場に行って観察すること)によって理論構築されました。 

アウトサイダーズ―ラベリング理論とはなにか

アウトサイダーズ―ラベリング理論とはなにか

 

 

戻って、「情報生産者になる (ちくま新書)」から学んだのは、「fact(事実)」もエビデンスであるということ。しかも【誰もが納得できる然るべき手続き】なら、たった1つのfactでもエビデンスになりうる。これを知って、社会的インパクト評価は【誰もが納得できる然るべき手続きを可視化すること】に軸足があると理解しました。

 

*  *  *

 

僕がfactとして真っ先に思いつくのは、読者の方から届く「お礼メッセージ」です。

 

子育て期のきずなメールは、お誕生日にお祝いのメッセージを送っています。1歳、2歳と届け、最後は3歳誕生日で終了します。誕生日のメッセージには「もしよかったら感想などをお寄せください」とメールアドレスが入っていて、そこにしばしば読み手の想いのこもったメッセージをいただきます。


直近で掲載許諾をいただいたものをひとつ、紹介します。

 

From:
Date: 2019年1月10日(木) 8:57
Subject: 1年間ありがとうございました。
To:

先月、子供が1歳になりました。

この1年間、大事な命を守るという初めての大仕事をする中で不安なことが沢山ありましたが、健診や予防接種のタイミングなどから心の持ちようまで子育てメールにはとても助けられました。朝、このメールが来ているのをみると「今日はどんなことが書いてあるのかな」と開くのが楽しみでしたし、自分だけで子育てをしているのではないのだな、頼れる場所があるんだな、と心強くもありました。

今後も私も含めて沢山のお母さんのちょっとした息抜きや手助けになってください。
これからも楽しみにしています。

 

 

僕はこれにより、「きずなメールが社会によい影響がある」という一義的なことを示したいのではありません。

 

コミュニケーション自体が劇的に変化する中で、きずなメールはある種の役割を果たしている。ならばそれはどういう役割なのかを検証したいのです。検証し「脱構築」できれば、人の孤立を防ぐために新たな法則性や要素が、コミュニケーションにおける新たな知見が得られ可能性があります。

 

僕らのコミュニケーションは、前例のない時代に突入しています。夫婦間でも、会話とLINEでは、異なるコミュニケーションが生じています。子どもたちはデジタルデバイスを通したテキストやスタンプによる伝え合いが当たり前の時代で育ちます。悩みを感じたら、誰かに相談するより、まずスマホで検索する人が増えています。

 

「悩みがあれば相談する」「辛い時に助けを求める」というわかりやすい図式を前提とした社会設計では、すでに対応できなくなってきているのです。

 

そんな複雑なコミュニケーションの時代に、きずなメールは、今も日々3.5万人の方とつながり続けています。中身はアナログですが、分割自動配信方式というITシステム抜きには語れない。この事象が示しているものは何かについて解明することが、「知の公共財」に貢献することにつながるのではと感じています。


最近、関係者から共有していただいた資料に、【エビデンスを使う最大の目的は、「害を与えないこと」】とありました。「善をなさんと欲して悪をなす」ような事態を防ぐことを指していると思いますが、社会的インパクト投資が「害をなさない事業への投資」であることに通じています。700億円の休眠預金が、「害をなさなず」かつ「知の公共財」に貢献する可能性がある事業に投資されることを願います。