・本の読み方はいろいいろ。自分自身と比較しながら読み進める、という読み方もあり本書はそんな一冊でした。
・著者が自分の特性への理解を深め、受け入れて、家族や社会との距離感を体得していくプロセスは切実で緻密で穏やかで、共感します。
・僕は地縁のない子育てと起業が重なるプレッシャーで心のバランスを崩して、家族と離れて暮らした時期がありました。このときの自分に何が起こっていたかは、今でも大きなテーマ。「子ども虐待」「孤育て」の「芽」、追い詰められても周りにうまく「助けて」といえない孤立の「芽」を、目の前で見たような時期でした。
・以下【~】は引用です。
・P42【トシキック・マスキュリティ】(有害な男らしさ)。「男は強くあらねばならならい」「父親は家族の大黒柱であらねばならならい」という呪縛。「弱い自分を受け入れる」とは、言葉の上ではわかるけど、本当に難しい。
・P109【ネガティブ・ケイパビリティ】。イギリスの詩人、ジョン・キーツが提唱した概念で「事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑のなかにいられる能力」のこと。ほっとする考え。
・P195【親にとって大事なことは、”ごきげんな状態で子どものそばにいること”ではないかという考えを持ち始めるようになった。】
・P196【「親はこうあるべき」「父親だから」といった意識をなるべく剝いで、ごきげんな状態の自分で子どもの側にいて、支配の構造を自覚し、その都度、最善の選択をする。】
・著者は周囲の理解を協力とともに、「読むこと」「書くこと」も支えてしてきたようです。重ねるようで恐縮ですが、僕も仕事のためのブログを書くことで、家族や社会との距離を測ってきたようなところがあります。仕事のために始めたブログですが、記事を一本書き切るごとに、社会的な言葉と視点が身体化していくような。
・子どもとの関係は、これを書いたことで大きく変化しました。書いてよかった。
kizunamail.hatenablog.com・昨年くらい、妻がこの本↓を持ってきて「あなたのことが書いてある」と。妻なりに僕を理解しようとしてくれていることがありがたかった。
・いつものように自分の話になってしまいました。
禁断の食べ方↓