僕はきずなメール・プロジェクトを立ち上げる前の約10年間、競馬月刊誌の編集者として、馬券師や必勝法を探して記事にする仕事をしていました。そこで学んだ思考法について書いてみます。
競馬は「他者と利益を取り合うゲーム」
競馬は「勝ち馬を当てるゲーム」ではなく、「他の参加者と利益を取り合うゲーム」です。
賭けの主催者であるJRA(中央競馬会)は、馬券の総売上から手数料として約25%を必ず差し引きます。JRA自体は損をするリスクを負わないため、プレイヤーが戦うべき相手はJRAではなく、残された75%の資金を巡って争う「他の参加者」となります。
参加者全員の平均回収率が75%(100円買ったら75円戻る計算)に固定されている中で、自分がプラス収支(100円超)を達成するには、他の人たちより約1.33倍(100÷75=1.333333…)もの利回りを出し続けなければなりません。これは資産運用に例えると「常に33%の利回りをキープする」ことであり、極めて高い難易度です。
プラス収支を目指すときの重要な要素が「オッズ」(倍率)です。競馬におけるオッズは「馬の実力、能力」を表すものではありません。手数料を引いた後に、「人間の予想(多数派の心理)」がどの馬にどれだけ集まったかで決まります。多くの人が買う馬のオッズは下がり、あまり買われない馬のオッズは上がります。
この構造の中で、競馬を楽しみながプラス収支にするなら、「実力があるにもかかわらず、周囲に不当に低く評価されている馬」、すなわち「人気薄の実力馬」を見つけることが最短距離です。
110万超の払い戻しを生んだ「多数派の思い込み」
そんな中、僕はライターさんから、Aさんという馬券師を紹介されました。Aさんの本業は会社経営者ですが、趣味の競馬ではかなりの「穴狙い」で利益を出しているといいます。
1999年の「共同通信杯4歳ステークス」というレースの締め切り5分前、そのライターさんから僕の元に電話が入りました。
「Aさんは、11番人気の②キンショーテガラという馬を軸にして、すべての馬へ網を張る『総流し(※)』という買い方で各1,000円ずつ買うそうです」
キンショーテガラの単勝オッズは206倍。100円買ったら2万600円になって戻ってくる超大穴です。競馬を知る人なら、誰もが「勝てるわけがない」と思うような馬でした。僕も半信半疑のままレース中継を見守りました。
結果は、10番人気のヤマニンアクロが先頭で逃げ粘るところへ、2着にキンショーテガラがクビ差で突っ込んできました。 1着・2着の組み合わせを当てる馬券(馬連)の配当は1146.5倍。Aさんは計1万4000円の投資で、114万6500円の払い戻しを手にしました。
※総流し: 特定の1頭を決め、それ以外のすべての馬との組み合わせを丸ごと買う戦略。今回は相手14頭に各1000円、計1万4000円を購入。
後日、なぜAさんがキンショーテガラを選んだのか、ライターさんを通じて聞きました。
競馬には「芝」と「ダート(砂)」の2通りのコースがあり、馬によって得意・ 不得意があります。キンショーテガラはデビュー以来、ずっとダートだけで好成績を残していましたが、前のレースで初めて芝のレースに挑戦し、6着に敗れていました。 これを見た多くの競馬ファンは、同馬は芝が得意ではない、と見たようです。そもそも地味な血統だったりで買える要素が少ない馬でした。「評価が下がった」というより、多くの人から「存在自体を見落とされていた」という空気感でした。
Aさんの見方は違いました。 「前走はレベルの高い強豪が集まるレース」であり、そこで「6着とはいえ、1着とのタイム差はわずか0.7秒」。Aさんは、この内容なら、「芝がダメと決めつけるには早すぎる」と考えたのです。
実力が未知数にもかかわらず、多くの人の思い込みによって低い評価になっている。評価というより、見落とされている。しかも、もし当たれば1000倍以上のリターンになる。これほど「期待値の高い馬」であれば、すべての組み合わせを買ってでも買う価値は十分にある。これが、Aさんの「判断」でした。
考えるとは「状況に適切な言葉をあてがうこと」
僕自身は、競馬を始めてわりと早い時期にこの「力を不当評価されている馬」の構造に気づいたので、長期的な収支はプラスでした。とはいえ、Aさんほど徹底した大穴狙いをする大胆さはなく、「損せず楽しめる」というレベルに留まっていました。
Aさんの事例は、僕にとって「多数派のストーリーに流されず、合理的に考える」ということの、風化しない教訓となっています。
この「多数派のストーリーに流されない」という思考法は、今の団体に必要なマーケティングの考え方だと思います。
「合理的に考える」と言うとき、「考える」という「動詞」に目を奪われがちですが、実際に頭の中で行われているのは、「状況に、適切な言葉をあてがう」という作業です。
多数派が「前走6着だから芝はダメ」という言葉をあてがったのに対して、Aさんは「レベルの高い強豪が集まるレースでの0.7秒差」「芝がダメと決めつけるには早すぎる」という言葉をあてがいました。この言葉をあてがう観察力と語彙が、思考の差だと思います。
対象に働きかけて、フィードバックを得る。そのフィードバックを「どう捉え」「どんな言葉をあてがうか」が、分析であり、マーケティングだと思っています。あてがう言葉は、攻撃的ではなく、状況への敬意があるとなお良しです。
「自分が参加しているゲームの全体像(ガバナンス)の仮説を持つ」のも大事です。
競馬の主役は一見すると馬のように見えますが、ゲームの構造は、JRA(中央競馬会)というプラットフォーマーが場を提供し、それを「競馬法」というガバナンスが支えています。日頃の視界には入りませんが、国が財源として主催し、法律が新しいプレイヤーの参入を規制してる娯楽なのです。
自分が立っている打席(プラットフォーム)のルール(ガバナンス)を見極めて、適切な言葉をあてがう。僕が競馬から学んだ教訓は、きずなメール・プロジェクトの活動と事業にも生きていることを、乗組員の皆さんにも伝えたくて、このブログを書きました。受け止めでもらえたら、ラッキーです。
PDCEのプロセスで、アンチョビを試したホットサンド。僕的には◎ですが、家人からは「濃い!」との評価。それでも完食してくれました。
※写真は本文とは関係ありません。