Kizunamail Project 代表のblog

過去の自分と未来の貴方に向けて書いています。

メモ:子ども虐待防止学会第27回学術集会かながわ大会

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子ども虐待防止学会第27回学術集会かながわ大会に来ました。その備忘とスタッフ共有の個人メモ。メモなので文章にはしておらず、登場したキーワードとその出現頻度自体が情報。「-----」は話の切れ目、★は僕個人のコメント。

 

子どもの虐待防止の政府認識を確認したかったので今日は「行政説明」を傍聴。子ども虐待防止に国として関わる機関は、以下の3つとわかりました。

厚労省
やはりここが柱。
文科省
「家庭教育支援」という分野が関わる。教育分野では傍流な印象。
内閣府
「子どもの貧困対策」が関わる。

以下①②③の順でメモを共有します。

 

* * *

厚労省

・児童福祉制度の見直し
・子ども家庭福祉
・現在の課題は下記3つとのこと。
 一時保護
 意見表明件
 資格について
★施策が「支援」と「相談」に大別されている点に注意。
★「相談」と「支援」を結びつける情報支援
★「相談」の中身が??? 
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・「身近な相談機能を整備」
・「0-2歳の未就園児多い」
・事例:石川県「マイ保育園」
・「0-2歳の身近な相談先の仕組みづくり」
・事例:松戸市「子ども家庭支援拠点と○○を一体化」(○○が聞き取れなかったので後ほど確認)
・「様々な資源による支援メニューをつなぐ」
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家庭養育環境支援
・「訪問による生活支援」
・事例:NPO法人アンジュマンのホームスター
・事例:NPO法人ラーニングフォーオール
・「家庭養育環境支援のメニューを作っていきたい」
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児童相談所
・一時保護の司法審査の導入を進めていく。
・根拠は「児童の権利に関する条約 第9条『一時保護は司法審査必要』」
・「児童の権利条約の要請に応え、しっかりした制度にしていきたい」
・第3社評価の受審
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子どもの権利擁護
意見表明権を尊重
・子どもの意向を調査、引き出す。
都道府県は「意見表明支援事業」「意見表明支援員」
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子ども家庭福祉ソーシャルワーカー
・創設検討中
社会福祉士+子ども家庭福祉→児童福祉司の任用条件満たす
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・保育士の資格管理を厳格化
★日本版DBSのことらしい。

 

文科省


文科省は「家庭教育支援」のコンテクスト。

やっていること
・関連機関への参加を「促している」
・児相から資料提出求められたら出していいことを「周知」
・研修を実施中
・スクールソーシャルワーカースクールカウンセラー配置は「予算事業
補助を行っている。
・スクールローヤー
★令和2年からの普通交付税措置とは?
★「予防」は使わず「未然防止」
・「家庭教育支援規模案構築事業」
児童虐待防止推進月間の取り組みとして
「末松信介文か大臣のメッセージ」
★ダメなんじゃないだろうか?

 

内閣府

・子どもの貧困は「連鎖」するから「連鎖を経つ」
・子どもの貧困を放置した場合の社会的損失
★MURCのデータ。
★子どもの貧困対策の多くが「ひとり親支援」
★民間以下の取組を支援するスタンス
子供食堂
学習支援
フードパントリー
★「子ども食堂」ではなく「子供食堂」だった。

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未来応援ネットワーク事業
・「子どもの未来応援基金」寄付総額15億円。多くは企業から。
・第5回は96団体
★すごい時間かけて紹介している
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マッチングネットワーク推進協議会
・「むすびえ」
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地域子どもの未来応援交付金
★これは「交付金
自治体向け。

* * *

 

以上です。今日の説明では「こども庁」のワードはありませんでした。行政府の説明なので、立法されていない事象は入らないのでしょう。子ども虐待防止が「こども庁」の議論の中でどのような位置づけになるか、注視していきます。

 

「クロスポイント」(暫定)

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https://www.kizunamail.com/news/11717/:公開勉強会創発的な要素に溢れていた。ここから何を切り出すかが大事と感じた。切り出しはすでに広聴チームが始めているけど、並行して全員で、これをフックにした「イベント的なもの」を考えられればと思った。

 

言葉は、具体的なアクションに近似できるものが良いと考えている。必要なのは「イベント」ではない。「勉強会」は一方向。「コミュニティ」という語には長らく違和感しかない。「場」というのも今ひとつ。「ワークショップ」は型があるし。

 

考えた結果が「クロスポイント」。「コミュニティ」「場」だと「そこにきて定着する」イメージがあるが、「クロスポイント」なら、それぞれ自分の道を行き交う人が、縁あって交流する「地点」をイメージできる。そこには「移動」と「どこからか来て、どこかに行く」距離感がある。過去からきて、未来へ行く時間の感覚も含まれる。「きずなメール」自体が、「今helpが必要なひと」と「helpを提供できる人」(スキル、時時間的なゆとりを含めて)の「クロスポイント」ではないかとの議論も進んでいるし。

 

「クロスポイント」であることを前提としたイベント、勉強会、学びあい、ワークショップなら、フォーカスがズレないような気がした。

 

さっそく、きずなメール ・プロジェクトにおける「クロスポイント」の定義を考えてみた(ここでは便宜上、「イベント」を「クロスポイント」に言い換えていると考えてください)。

 

・団体外の人に来てもらっう。

・企画者/発案者とあと一人、で運営できるサイズ感で企画する。「2人で頑張れ」という意味ではなく、続けるために、ゆるくやりたい、という意味です。

 

起案の優先順位としては、

 

①自分の興味関心必要から考える。

npo ②団体に今必要だと思うものから考える。

 

* * *

 

いつか、僕が団体内勉強会をやったのは、スタッフの学びの機会にしてもらいたいのとともに、講師の方に「きずなメール」を覚えておいてもらいたい、つまり「クロス」することを目指したと認識しました。公開でやろうと考えたけど、一人で運営は難しいし、他に優先順位が上昇した要素があったので、断念しました。

 

英語話者の方へ。もっと適切なワードがあったら教えてください。

 

とりあえずココまで。所要時間20分。






うまく使えない言葉/使わない言葉

 

「何をいうか」と同じように「何をいわないか」も大事だと思っています。自分の体に馴染んでいない言葉は使わないようにしています。「使えない」のかもしれませんが。

 

スタッフから、「使わない言葉をリスト化してくれないか」との要望がありましたが、こういうことはコード化(ルール化)すると別の要素に変質することがあるので、ただ述べてみます。

 

* * * 

「社会課題を”解決する”」

例えば、差別問題を”解決できた” ”解決した”状態をうまく想像できません。”解決しました”と言う人がいたらあとずさりしそうです。代わりに、”解消を目指しています”という歯切れの悪い言い方をしています。

 

「社会を変える」

子どもを授かった時、今の日本社会に生きていることに感謝しました。友人には、「僕はconservative だ」と宣言しました。今の政治体制の打倒は望まない、という意味です。社会を過度に「変える」ことは望んでいません。

しかし、変化しない物事は停滞し劣化します。だから「自ら変化する」ことを目指してます。同様に、社会も、自ら変化していくのが望ましい。NPOの役割はこのあたりではないかと思っています。

 

「救う」「助ける」

受動態では使いますが、能動態だど神様に近い行為に読めるので、使えません。朝ドラ「おかえりモネ」菅波先生の「あなたのおかげで助かりましたという言葉は麻薬です」というセリフの距離感に賛成です。

 

ここまでは動詞が絡んでました。名詞もいきます。

 

「成長」

成長とは、下から上にのびること。成長を測るには「物差し」が必要です。この物差しを人間の心や行動に当てることに、ためらいがあります。組織や社会への適合度を「成長した」と認定するようコンテクストには抵抗感があります。「成長」は変化のバリエーションのひとつです。

 

「愛情」

扱いが難しい抽象名詞の代表格。危なっかしくて使えません。

 

「メルマガ」

「きずなメール」を「メルマガ」とは言えませんでした。事実として「メルマガ」ではないので。

 

* * * 

 

こうしてアウトプットしたら、必要に応じて使ってみてもいいかな思い始めました。「変節」は自ら変化することです。

 

魚を見つけて嬉しくて撮影↓

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メールは「基礎メディア」です。

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「きずなメール」は2017年ごろから「LINE」での配信を提案しています。2019年以降に配信が始まった自治体の多くは、LINE配信。メール配信だった自治体がLINE配信に「切り替え」るケースも増えています。

でもこれからは、メール配信はそのままに、他の配信方法も増やす「併用」を勧めていく方針です。なぜなら「メールは基礎メディア」と考えるようになったからです。

* * *

考え始めたきっかけは、僕の住んでいる地域の教育委員会が「Google for education」を導入したこと。息子がある日、学校から返ってきたら「父ちゃん、学校でGoogleアカウントもらった。ログイン教えて」と。ログインIDは学校から提供されたgmailアカウント。教育は国家の礎(いしずえ)、本来ならば国益保護のためも日本のIT企業が入りそうなものですが、コロナ禍の対応スピードでGoogleに抗えなかったのではと受け止めました。

これを機に考え始めると、そういえば、セキュリティに敏感だったSEがgmailを使い始めたことも。彼は数年前まで「Googleのセキュリティは信頼できない」と言っていましたが、それでもgmailの一般化の波には抗えず、今は僕とgmail でやり取りしています。

僕らが仕事をすることが多い自治体の方も、基本はメールのやりとり。政府から都道府県を経由して届く行政上の「公文」「通知」も、メールにPDF添付だったのを見たことがあります。エビデンスを担保する学術的なコミュニティも「メーリングリスト」を基盤にしている所も多い。想像ですが、国際間の要人のやりとりも「メール」はある程度フォーマルなメディアとなっているのではないでしょうか。

「きずなメール事業」は、今も「メール」に軸足をおいている自治体が多い。運用がシンプルで市民も使い慣れているし、費用も安いし、何しろ「市民に情報が伝わっている」リアリティがある。「若い世代がメールから離れている」のは事実としても、彼らも社会に出たら「メール」には触れます。

新しいメディアの台頭で古くなったように見えますが、社会的機能から見ると、どの年齢層や職域でも使われる最大公約数のインフラになっている。ならば「基礎メディアとしてのメール」を土台として、新しいSNSが広がるイメージが適切ではないでしょうか。

* * *

話は変わります。僕はiPhoneユーザーですが、AndroidユーザーはGoogleアカウントは取得必須なのではないでしょうか。我が家の子どものゲームの設定でも、最終的にはgmailアカウントを作らざるを得ませんでした。これからの人生で「IDとパスワード」は避けられないですが、気がついたらIDはメールアドレスになり、メールアドレスはgmailになっている。子どもにはひとまず「gmailのアカウントは、君たちの時代には国際間のIDになるかも知れないから、信用第一で使わないとね」と伝えました。20世紀はnation stateの時代ですが、nation stateの境目である「国境」の消滅が目の前で始まっているのかもしれません。

 

現場からは以上です。

読書メモ:預言者ムハンマド

多様性、ダイバーシティを考えるなら、「僕らから遠い多数派」について知るのがよいと思っています。その代表がイスラム教。

今の世界の5人にひとりはイスラム教を信仰しています。2060年には世界最大の勢力になる予測もあります。

https://newspicks.com/news/3741919/body/

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彼らの世界認識の仕方を知りたくて、関連書籍をしばしば読みます。アラビア語は読めませんが、クルアーンも持っています。今回読んだのは↓こちら。

以下備忘として。「 」は同書からの引用。これ以外は僕のメモ。

 

* * *

ユダヤ教キリスト教イスラム教は「セム語系一神教」。砂漠で生まれた。
ムハンマドは「預言者」。神から言葉を「預かる」者。イスラム教ではアブラハム、モーゼ、イエスは全て「預言者」で、ムハンマドは「最終預言者」。
アラビア語には「3語根」というものがあり、名詞動詞形容詞に展開する。ムハンマドの名の語根は「HMD」で「賞賛する」「称える」の意味。人間は言葉で思考するので、日本語話者とアラビア語話者は、思考の仕方そのものが異なることがわかる。

・「何もない砂漠に立ち、その究極の概念を抽象化して「コトバ」に置き換えたのである。その絶対唯一神を、ユダヤ教キリスト教では「ヤハウェ(エホバ)」と呼び、イスラームでは「アッラー」と称するが、意味する対象はまったく同じである。」(P45)

ムハンマドは「クライシュ部族」出身。こ部族は、商業と、当時はまだ多神教偶像崇拝だったマッカ(メッカ)神殿の巡礼を仕切っていた大勢力。イスラム教の歴史は、ムハンマドとクライシュ部族の対立を軸に展開する。
・名付け親はアブドルムッタリブ。
ムハンマドは幼少で孤児となったが、ハーシム家の中で大事に育てられた。成人してからは「アミーン(誠実者)ムハンマド」と言われた。
・初婚は25歳、相手は15歳年上のハディージャ。最初の信者でもある。イスラム教の最初の信者は女性。
・最初の「啓示」(神様からの預言)は40歳のとき。洞窟で瞑想中。日本語訳は下記の通り。

誦め「創造主の主の御名において。人間を凝血からつくり給うた」
誦め「何時の主はこよなく尊いお方。筆をもつすべを教え給う。人間の未知なることを教え給う」

・もちろん神の言葉はアラビア語クルアーンは原則、翻訳をよしとしていない(と記憶している)。
・最初の言葉である「誦め」は、動詞の命令形。カントの定言命法も命令形だ。
・「筆をもつすべ」とは書くこと。「人間の知性を象徴するとされる。」(P97)
・「これから知的活動を始めるという新たな宣告こそが、ムハンマドの上に降りた「コラーン啓示」だったのである。」(P98)
・「この与えられた奇跡の言葉はアラビア語の最高峰とされ、『コラーン』と同じレベルの文章をつくり出すことは不可能であるというのがアラブ世界の常識である。」(P110)
・「『コラーン』は目読で理解するよりも、声に出して朗誦するほうが大事とされる。」(P111)
・音読する。一日何回も座って拝む。マッカに行く。徹底的な身体行動が際立っている。
・自分用に年表にしてみた↓。小学生の自由研究のよう。f:id:yukkiestar:20211010160608p:plain

 

・「ハフサは、初代カリフ、アブーバクルが初めて結集した聖典『コラーン』原本の保管者としても名を刻んでいる。」(P208)
ユダヤ教キリスト教イスラム教の大きな違いは、伝聞情報、2次情報3次情報が少なく、創始者の言葉がほぼそのまま書き残されて点。アラビア語フスハー)自体が、当時とあまり変わっていないとのことなので、今のイスラム教徒も、創始者の言葉をそのまま誦んでいる。これが強さでもあり、状況を複雑にしている要因でもある。

* * *


ムハンマドの妻が10人以上いたこと、低年齢婚、敵対勢力の女性や子どもを奴隷や資産として扱うところは、僕が育った文化圏からは受け入れがたいものを感じるのも事実。見え方、捉え方自体が大きく違うのだろう。この違いを捉えてみたい。


イスラム教関連では、この↓本も抜群に面白かったです。ameblo.jp

 

↓うちにあるクルアーンコーラン、コラーン、呼び方いろいろ。

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感情には方向がある。という話。

感情には方向がある。

同じ感情が、向ける方向次第で、状況が変わる。

考え方は簡単には変わらない。そこから生じる感情を変えるのも難しい。だがその感情が向かうべき方向は、変えることができる。

負の感情をなくすことはできない。だか向かう方向を変えることで、生かすことができる。

こう考えることで、負の感情が生じる理由も見出せる。

怒り、妬み、嫉み、恨みの下地である恐怖と不安には、その人の歴史が書かれている。それを読み取って対象化し方向性を持たせることで、活力の源にできるのではないか。

というようなことを考えたので備忘として。

写真は近所の夜景。

(通勤電車の中、所用時間11分)

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「きずなメール」という名前について。

きずなメール ・プロジェクトの設立日は2010年11月3日。その前、サービス名について考えていたときに、妻が「きずなメール!」といって、僕は「エーちょっとベタすぎない? かっこ悪いし…」「広めるならベタな方がいいと思う」「そう…でも団体名は"きずなメール"だけだと座りが悪い、”プロジェクト”をつけよう…」とあっさり決まりました。

 

そうはいっても「きずなメール」という名前、僕はカッコ悪いと感じました。お恥ずかしい話ですが、学生時代の僕は「絆、とか言っちゃってだっせー」という人間でした。今でも「絆」と躊躇いなく言える人を警戒するところがあります。

 

それでも当時、「きずなメール」という名前は必要だと感じました。3連符のリズムがいいのは確か。だからこれにしました。漢字は硬いのでひらがなの「きずな」にしました。

 

とはいえ、その後の何年間も、「きずなメールの大島です」とうまく言えませんでした。「絆とかだっせー」と言い合っていた同級生には、なおさら言えない。でもある時期から、こう考えるようになりました。

 

「同級生に言える/言えない」という基準はどこから来たのか。「きずな」が「かっこ悪い」という基準はどこから来たのか。

 

さらに、ここから先は、さまざまな説明を選べます。今の僕は、次の説明を選びます。

 

自意識を超える/多様性を受け入れる、ために「きずなメール」という名前が必要だった。

さらに、

自意識を超えた、と、どの自意識が判断するのか?/多様性を受け入れた、と誰が認定するのか?

 

こういう問いを誘発し続けてくれる名前が、僕にとっての「きずなメール」という名前です。

 

* * *

 

僕はしばしば宗教の関する本を読みます。そこで知った知見を紹介します。


言葉は、無限の解釈が可能です。言葉の用い方に厳格とされるイスラム教の聖典クルアーン」も、原理的には無限の解釈が可能なので、新しい解釈は「ウラマー」という法学者だけに許されています。この新しい解釈を生み出す行為を「イジュティハード」(アラビア語:اجتهاد、ijtihād)といい、語源は「奮闘努力する」。「新しい解釈を生み出すために奮闘努力する」という意味だそうです。

 

すでに在るものに、自分から積極的に歩み寄って「奮闘努力」して新しい価値を引き出す。「イジュティハード」を知ったとき、僕は「きずなメール」という言葉に対してこれをやってきたし、「きずなメール」そのものの有り様に似ていると感じました。

 

いずれ、僕より後に生まれた誰かが、想像もしない形で「きずなメール」の新しい解釈を生み出してくれるような気がしています。その頃には、リンガフランカである英語の「kizunamail」が一般化しているといいなと思ったりもします。

 

秋になってきました。

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