きずなメール・プロジェクト 代表のblog

顔と名前を出す人生です。

「語り口」について考えた。

・子ども虐待防止学会で浦河べてるの家・向谷地さんの講演を見てから、「語り口」についての考えが頭を離れない。
・「当事者研究」という向谷地さんの試みは、その独特の「語り口」と切り離せないと感じた。
・「何を言うか」より「どう言うか」。言葉は有限なので、「内容」「論理」はいくつかのパターンに収斂していく。でもそれを「どう言うか」は無限で、その「語り口」が「その人の考え」、かたく言うと「思想」のように感じられて仕方ない。
・「語り口」。同じことを、どんな声で、どんな身振りで、どんなリズム感で、どんな表情で語るか。
・「語り口」は表現のあらゆるところにある。映像にもある。文章にもある。
・「わかりやすい」のがいいとされる。本当だろうか。話し上手でもない人が、言葉少なに、切々と語る。
・言葉少なな人がいる。言葉が少ないのではなく、一語の重みが違のではないか。その一語を支える沈黙の大きさを、想像しないといけないような。
・僕は何について、どのように語っているのだろうか。

スイカ味のクロレッツが思いのほかスイカ! マンゴー味のブラックサンダーはまあマンゴー味。

f:id:yukkiestar:20251221094118j:image※写真は本文とは関係ありません。